愛子と同じクラスの男子ラグビー部員,井上孝介は愛子を特に意識していた。手足が細長く、すらりとした体型。目がぱっちりした黒いストレートヘアの愛子はクラスでも密かな人気があった。一見お嬢様風の愛子だが、しゃべってみると気さくで冗談も言う。女子へも気軽に声を掛けるしいやみがなくて彼女が近くにいるとふわっと空気が明るくなるようだった。
井上は愛子に近づき、趣味は何?好きな俳優のタイプは?と話しかけては何かと彼女に近寄ってきた。今日も話しかけてきた井上に、愛子は「ねえ、あのユニフォームが違う色の人たちが3人いるでしょ!?誰なの」と聞いてみた。井上は「ああ、みんなラグビーの先輩で今W大学に行ってる。今年卒業したばかりさ」聞けば黄色いシャツの男性は“朝倉義人”という男性でW大学にラグビーの推薦を受けて入学したのだという。期待の新人で1年生からレギュラーに座っているそうだ。県大会が間近になり、後輩たちの練習をつけにやってきているのだという。井上は「それがどうかしたのか?」愛子「ううん、別に、見かけない人達だなあと思ってたの」と一言答えた。
今日は部活は休みだった。学校の一斉テストのためだ。テスト期間中はどこの部活もテストが終わるまで休みだった。テストの期間中、愛子は早く部活が始まらないかとばかり考えていた。最後のテストが終わり、早速部室へ入った愛子はこれから市内3校との合同展示会をするための準備を進めていた。出品は自由だが、人物画という課題は決まっていた。さあ何にしようかと考えていると、外から運動部の大きく響く声やボールの音が聞こえてきた。窓の外を見ると、ラグビーの練習はやっていたが朝倉の姿はみえなかった。‘今日は来ないのかしら’とぽつんと心でつぶやいた。今日はテスト明けで、題材を決めて構想を考えるのみで帰る時間は自由であった。愛子も今日は特にする事がなく、1時間ほどで帰る事にした。
カバンを持ち、1階に降りて、靴を履き替え真っ直ぐ歩けば校門がある。その横に、グラウンドがある。愛子はグラウンド横まで歩きすぐその横にある水のみ場を見て、心臓がきゅんとしめつけられそうになった。朝倉がその水のみ場に顔を近づけ水を飲んでいたのだ。
一瞬通り過ぎようと思ったが、ぴたりと立ち止まった。朝倉をこんな近くの距離で、窓の2階から以外に見た事はなく、少しでもそんな空間を一瞬でも長く感じたいと思った。朝倉が水を飲み終え、愛子の方を振り向いた。愛子はどきっとしながらも会釈をし、微笑んだ。
朝倉は軽く笑いながら「やぁ、どうも」
愛子「練習にいらしてたんですか?」
朝倉「ああ、連中の県大が始まるまではずっと来ようと思って。今日は少し遅れたけどな」
愛子「あの、朝倉さん、いえ朝倉さんておっしゃるんですよね」
朝倉「そうだけど、どうして?俺の名前知ってるの?」
愛子「クラスの井上君に聞いたんです」
朝倉「そうか、あいつと同じクラスだったか。」
愛子「いつも窓から見ていて、どこのクラスの方かなと思ってたらこの学校の先輩だと聞いて」
朝倉「そうだね。君、よく窓からグラウンド見てたよな」
愛子「ええ、部活で一休みする時、ちょっと空気を吸いたいなと思って」
朝倉「そうか、空気を吸ってたのか。でも練習中は埃ばかりで俺たちはとても吸えたもんじゃない」
愛子「そうですね。そういえば埃が舞いますね。ふふふ」
朝倉「ははは、そういえば君の名は?聞いてなかったな」
愛子「あっ名前まだでしたね。ごめんなさい。早川といいます」
朝倉「早川か、いや早川さん・・・」
愛子「愛子です。早川愛子」
朝倉「俺は・・あぁもう知ってたな。朝倉だ。はじめましてでもないな」
愛子「そうですね。」
朝倉「おっ、もう行かなくちゃ。じゃぁまた!」
愛子「はい、また窓から見てますね」
朝倉「おお、いつでも見てくれ。でもこっち来て空気は吸わないほうがいいぞ」
愛子「あはは、わかりました。」
軽く笑いながら、手を挙げて、部員たちのところへ戻っていった。偶然窓以外のところで朝倉と会ったのも驚いたが、初めて彼とこれほど長くしゃべられた自分が信じられなかった。
つづく