マイベストソング② <恋人>Ⅶ 約束
展示会は3日後にせまっていた。必死でクレパスを走らせ描き続ける愛子。一点に集中してその画用紙に想いをはせていた。展示会当日、市内のとある会場は地元高校生や、美術関係者で込み合ってきた。愛子の高校の生徒もたくさん訪れ、それぞれの作品を観覧していた。
井上もラグビー部員数人を引き連れて、愛子の作品を目当てに足を運んでいた。半レギュラーで、決勝で敗れた井上は心身共に疲れきっていた。愛子の顔見たさにきたようなものだった。
井上が愛子の姿を見つけ、言葉をかけた。
井上「よお!すごい込んでるな」
愛子「おかげさまで。ちょうど今込んできたところよ」
井上「おう、たいしたもんだな。ところでお前の描いたのはどれなんだ?」
愛子「あそこよ。左から3番目のとこ」
井上「わかった、ちょっくら拝ましてもらうとするか」
愛子「拝ましてなんてそんなもんじゃないわ。でも井上君と関係あるものよ」
井上「ほう、なんだろ、面白そうだな。それじゃ見てくるよ」
井上は自分と関係あるものと言われ、興味津々だった。愛子の作品の前に立ち、その人物画を見て思わず彼は立ち往生した。井上の額からは、しだいに脂汗が滲んできた。作品の題材は「躍動」そこにはラグビーボールを脇に抱え、正面へ突進しながら駆け抜けている黄色いシャツを着た男性が描かれていた。
井上は忙しそうに美術部員と駆け回っている愛子の様子をちらと見て、言葉もかけずにその場を立ち去っていった。
合同展示会は5日間で終わり、愛子はほっと一息つきながらも心にぽっかりと穴があいたようだった。次に作品を展示するのは秋の文化祭だ。これまで目標を掲げて描いてきたが、それまでの期間があくので美術室で部員同士お茶を飲んだり、おしゃべりをしたりで暇を持て余していた。今取り組んでいるテーマは石膏だったが愛子に限らず部員のほとんどはのんびりと石膏を触ったり日によっては全然やらずに帰る日もあった。
それに窓から外を眺めてもあの朝倉の姿が見えない。高校総体が終わり、後輩に練習をつけに来ることがなくなったようだった。
ある日の午後、学校の休み時間に井上は話しかけてきた。
井上「あ、あのな早川・・」
愛子「ん、何?」
井上「あの・・その展示会の事だけど」
愛子「展示会?ああ井上君、来てくれたものね。お礼も言ってなかったものね。ありがとう」
井上「う、うん、あの絵はよく描けてたな」
愛子「そう、よかった。ラグビーを見て思いついたの。あのボールを持って走ってたのは」と言いかけた愛子に
井上「ああ、わかってるよ。あのシャツの色でな・・それじゃ」
愛子の言葉を遮り朝倉の名を聞きたくなかった井上はそういい残し、その場を離れた。愛子は慌てて帰ろうとする井上を怪訝な顔で見つめていた。
それから約1年が過ぎ、また高校総体の季節がやってきた。もしかして、あの朝倉がまた来るのかな、というほのかな期待を持っていた。愛子は窓からグラウンドを見つめながら、部員の姿を一人ひとり目で追っていた。5月の中旬になると、遂に朝倉の姿を確認する事ができた。約1年ぶりだわと思いながら、自然に愛子の口元が綻んだ。朝倉も愛子の視線を意識するようになったのか、練習の合間にたびたび窓を見つめては視線を返してくれる事が多くなっていった。そんな二人の様子を見るたびに、井上は面白くなかった。軽く舌打ちしてはボールを追っかけ全速力で走っていった。
それから2週間が過ぎ、愛子は部活を終えて学校を後にした。そこで後ろから声がした。「あ、あの早川・・くん」「えっ」と言いながら振り向いた後ろには練習中の朝倉が突っ立っていた。
愛子「は、はい」
朝倉「あのもしよかったら、今度K大学との練習試合があるんだけど、よかったら見にきてくれないか」
愛子「ええ、いいですよ。それでいつですか?」
朝倉「7月の3日なんだけど、どうかな?」
愛子「わかりました。時間は何時からですか?」
朝倉「午後の2半時からだ。そうだな、じゃあ携帯の番号を書いてあしたまたここで渡すよ」
愛子「そうですか、待ってます。」
朝倉「それじゃあ、明日な」
そう言いながら、足早にグラウンドへ戻る後姿の朝倉を見つめ、心があったかくなるのを感じていた。
7月3日は合同展示会の最終日だった。試合時間は展示会と重なる時間で午後2時半からだった。展示会は3時まで。それから電車で行ってもぎりぎりで間に合うかどうかわからない。しかし、愛子は少しぐらい遅れても絶対球場には向かおうと決めていた。その気持ちは揺るぎなかった。
今年の展示会は風景画で、自然を描くというテーマが決まっていた。自宅近くの川沿いにある山林風景をテーマに決めていた愛子は放課後まっすぐに学校を離れることも多く、現場に行ってはスケッチブックを広げていた。限られた期間で時間がいくらあっても足りない状態だった。高校総体の応援もラグビーに希望していたが去年、あまりにも差し迫っての状態で慌しかったため、美術部員は特別に免除してもらい、今回は応援を控える事にしていた。応援を楽しみにしていた愛子だったが、美術部で決めた事なので諦めるしかなかった。
翌日、待ち合わせた場所で朝倉を待っていると、頬に薄く泥をつけた朝倉が小走りにやってきた。
朝倉「ごめん、わりい。待ったか?」
愛子「いいえ、私もさっききたばかりです」
朝倉「そうか、じゃこれ」
朝倉は携帯番号を書いたメモ用紙の切れ端を差し出した。
愛子「じゃあ、こちらは私です」愛子も自分の番号を書いたメモを渡した。
朝倉「ん、もらっていいのか?」
愛子「ええ、どうぞ」
そっと朝倉の手が差し出された。その手を見つめ顔を上げ真っ直ぐに朝倉の目を見つめた。彼は恥ずかしそうに照れ笑いしていた。愛子も手を差し出して二人は軽く握り合った。
指が大きくて長くごつごつした朝倉の手だった。しかしその大きな掌に朝倉の温もりが伝わってくるようだった。
こんばんは。興味深く読ませて頂きました。
今回の話のポイントは「1年」の時の流れにありますね。1年を経て愛子の気持ちは変わらなかったし、また朝倉も変わらなかった。朝倉の気持ちはハンパではありませんね。この展開は純愛物としてイケてます。出あってすぐ朝倉がモーションかけていたら、話としてありきたりなものになります。
青春歌謡の雰囲気を感じさせる作品です。これは明らかに「青い麦」そのものですね。愛子は別れてもすぐに思い出しているのかもしれませんね。
期待しながら次号を待ちます(^^)
◎こずえの彼氏の件。
そうです、こずえは県大会の決勝?のような試合で、彼が応援に来ると期待していました。でも結局来なかった。それは彼が配達中に事故に遭ったからですね。
投稿: なおと | 2007年3月 7日 (水) 21:19
サッコさんのアルバムが出た頃のことを思いながら読んでました。そういえば、あの頃は今とはラグビーの得点のルールが違ってたよなぁ。とか。。。
が、携帯番号が出てきていきなり現在に引き戻されました(笑)
投稿: 美咲 | 2007年3月 8日 (木) 01:04
なおとさん
今の若い人達はどうかわかりませんが、すぐに成就してしまっては面白みもありませんし、そんなに簡単に結果をだしたくありません(笑)プロセスを大事にしたいと思います。
今のところは「青い麦」ですが、これからだんだん「恋人」になっていきますので、ちょっと‘ドキ’とする
場面がでてきます。さあどんな展開になっていくのでしょうか?
美咲さん
はっきりいってラグビーのルールは詳しくありません。しかし、これから検索しなければならないところがあります。やはり現代版でいってみようと思いました。
投稿: かなみ | 2007年3月 8日 (木) 17:34