女の歌

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ディスコグラフィー(アルバム)

  • <small>木枯しの二人 伊藤咲子  歌謡デラックス</small>
    アルバムのディスコグラフィー。すべてサッコ本人のコメント付きです。

<big><b>ディスコグラフィー(シングル)</b></big>

  • <small>(番外)セブンイレブンファミリーソング「友達になろう」(非売品)</small>
    シングルのディスコグラフィー。すべてサッコ本人のコメント付きです。

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2007年8月

昭和の巨匠作詞家 阿久悠さん お疲れ様でした

また昭和が遠くなってしまいました。皆さんはもうご存知でしょうが、8月1日、作詞家で作家の阿久悠(あく・ゆう)氏が亡くなられました。もちろんサッコの歌の作詞を多く手がけられたのはいうまでもありません。

この方を初めて知ったのは、「スター誕生」でした。あの少し四角っぽいお顔で鋭いような目をした先生を怖いと思っていたというスタ誕出身のタレントさんもいたようです。確かに歌手志望の金の卵たちに歯に衣着せぬ物言いでズバズバ言われては、萎縮した出場者もいたかもしれません。

私から見れば、この方は母と同じ年齢なので、柔らかいものの発想をするインテリなパパという印象でした。大変失礼な言い方ですが、いかついお顔をした阿久氏からはどうやって少女、大人の女性、少年、大人の男性と老若男女問わずに柔軟な言葉の連想ができるのか不思議でなりませんでした。常に時代に敏感であった阿久先生ならではの感性と、言葉を操る才能が70年代、80年代と、時代が上手くマッチして次々とヒット曲を連発できたのかもしれません。阿久先生のような感性溢れる表現者を時代が欲していたといえるかもしれませんね。

手塚治虫氏が日本アニメの先駆者、漫画の神様ならば、阿久悠氏は日本歌謡界に新風を巻き起こした先駆者、言葉の魔術師と私は考えます。先生が手がけられた作品がこれからも歌い継がれていくことを願っています。そしてその作品に携わった方達を暖かくお見守りください、そしてゆっくりとお休みくださいと申し上げたいところです。でも、あちらの世界で痛みがなくなってからも、その才気でたくさんの作品をまだまだ思考中かもしれませんね。どうぞ好きなだけお仕事なさってくださいね、と言った方がいいのかもしれません。

阿久先生の作品によって思春期の頃、あるいは成年期、盛年期と心踊る楽しい時代を過ごさせて頂きましたことを心より感謝いたします。ありがとうございました。

謹んでご冥福をお祈りいたします。