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単なる日記:救急の日

今日9月9日は「救急の日」でした。うちの会社にポスターが貼ってありました。救急の日は、昭和57年に救急医療及び救急業務に対する国民の理解と認識を深め、かつ救急医療関係者の意識高揚を図ることを目的として定められました。(ウンチク)

美咲は小学校6年生のときに救急車にお世話になったことがあります。
GW初日に自転車で急な坂道を下っているときにコケて脳震盪(のうしんとう)を起こし、気を失ってしばらく道路上に寝ていました。大勢の人に見つめられる中、救急車に乗せられる瞬間をおぼろげに記憶していますが、次に気がついたときには病院のベッドの上でした。そのまま入院です。今でもそのこける瞬間のことは思い出せません。ただ、ブレーキを握らず猛スピードで坂を下っていたことまでは覚えています。そのときのことが思い出せるまで退院できないと言われたのですが。。。 そのGWは病院で過ごしました。しかも退院前日にひどい風邪を引いて40度の熱をだし、外科病院から内科病院へのはしごになってしまいました。
ちなみにうちの父親はこの冬インフルエンザにかかったときに救急車で運ばれたそうです。珍しい。

皆さん、自動車だけではなく、自転車の運転にも気をつけましょう。

このときの脳震盪が最近の「記憶がない!!」症状の原因かなあ??

=== 完 ===

単なる日記:記憶がない!!

今日はある原稿(もちろん美咲作)を投稿しようと思っていたのですが、自分の中であまりに驚いたことが起こったので日記として書こうと思い、その原稿の公開は後日にすることにしました。

さて、その驚いた出来事とは・・・

過去の経緯
複数のCDから特に好みの曲を抜き出して1枚のCDにしようと思い、車に積んであるCDを降ろすことにしました。車には6連装のCDドライブが搭載されています。そのマガジンを今週の火曜日に取り出して部屋へ持ち帰りました。そして少し仕事が早く終った水曜日の夜に、そのうち2枚から曲を選んでリッピングしました。
 注)サッコさんのCDではありません。

そして今日:
続きをやろうと思って3枚目のCDをマガジンから取り出そうとしたら、なんと3枚目のCDがありません!! 車から降ろすときに落ちたのだろうか いや、そんなに簡単に落ちるはずがない!!! しばらく考えて、もしやと思いパソコンのCD(DVD)ドライブを開けたらちゃんとそこに入っていました。「おかしいなぁ」と思いつつも、「まあいいか」と思い直して、リッピングを始めようとしたところ、おや、既にハードディスクにリッピングしたファイルがあるではないですか。「いったいどうなっているんだろう!?」 どうしてもそんな作業をしたことを思い出せません。まさか家族がそんな作業をできるはずもないし。。。
はっきり言って自分がすごく怖かったです。

それでも気を取り直し、火曜日にリッピングした曲を並び替えようとしたら、なんとこれも既に思ったとおりに並んでいるではありませんか。そういえば、こちらの方はそんな作業をした記憶がないでもありません。

そういえば、以前には「サッコい Every thing」に記憶のないままコメントを書いたこともありましたね。

この歳でもうボケが始まっているのでしょうか? 誰か助けてください(苦笑)

 === 完 ===

単なる日記:眠い一日

昨晩ほとんど眠れなかったので、今日はとても眠い一日でした。
眠れなかった原因はサッコさんとの電話でしょうか? いや、505港南台でも、夏休みの富山でも興奮と気持ちの昂ぶりはあったけど夜眠れないことはなかったので、単なる“いつもの”不眠症かも知れません。昨日の昼間はCDの編集をしたり美咲日記の原稿を書く為にいつになくたくさんの曲を聴いたので、その影響もあったかも知れません。

会社では、午前中は先週末に溜まった問題の対応に追われていたので気が張って結構持ちこたえましたが、午後はエネルギーが切れかかりました。他部門との打ち合わせの席で欠伸(あくび)ばかりしていました。やばい、やばい。
昨日は一晩中部屋の窓を開けていた為か朝方ちょっと寒気がしていたのですが、午後になってそれがぶり返してきました。やばい、やばい。
昼食時に室外へ出るので汗をかいて、部屋に戻るとエアコンが効いているという環境なので体がかなり冷えました。やばい、やばい。
美咲日記もちょっと一休み・・・ になってないか。。。

昨日の出来事を会社でも言いふらしたい衝動を抑えながら過ごした一日でした。ちょっとだけ話したけど・・・

=== 完 ===

単なる日記ではなくなった今日の美咲日記:今日は青山ライブの日

今日9月3日は青山ライブ「阿久悠を唄う」の日でした。
美咲は行くことはできませんでしたが、その代わりヤマトさんの配慮のおかげでライブ後のふれあいタイムに電話で “最高の形で” 参加させてもらうことができました。その “最高の形” とは・・・
 # ご存知ない方のために・・・ヤマトさんとは、ひまわり隊のお兄さん的な世話役兼引率者のような方です。

今日はライブが終って二次会(?)への移動時にヤマトさんから電話がもらえるということになっていました。が、よく考えてみるとライブの終了時間がわかっていませんでした。とりあえず午後2時半まで待っていましたが、子供達を車で図書館へ連れて行く約束だったので2時半頃に家を出て車で図書館へ向かいました。
で、2時45分(運命のとき)、あと角を2つ曲がれば図書館の入り口というところで、ポケットの携帯が鳴り出したので車を道路の端に寄せて停まり、電話に出ましたが私としては結構慌てていました。で、「今運転中なので2分後にこちらからかけ直します。」と言ったにもかかわらずヤマトさんは「ちょっと待ってね」といって誰かと電話を代わろうとしているではありませんか。どうしようと考える間もなく電話の向こうから「サッコで~す」という声が。とっさに状況が理解でしませんでしたが、次の瞬間には舞い上がってしまい、そこから後の会話はほとんど記憶していません。「この間(富山のこと)はありがとう」と言われて、「いいえ、こちらこそ」というような会話と、「今ライブが終って皆と話をしているの」ということを聞いたような気がしますが。。。
後から考えると「お疲れ様でした」という言葉をかけたかったとか、「本当はライブに行きたかった。出張が中止にならなければ行けたのに・・・」という話をすればよかったとか、思ったのですが、そんな余裕はありませんでした。ちょっと後悔。。。
それにしても、とても超ハッピーなできごとでした。こんなこと、普通では考えられないことです。
電話を聞いていた子供に「誰から?」と聞かれ、「伊藤咲子!」と答えるときの『お父さんってすごいだろう』という気持ちは何にも変えがたいものがありました。(ヤマトさんの声も聞こえていたようですけどね)

これで「出張中止のショック」から立ち直ることができそうです。
サッコさん、ヤマトさん本当にありがとうございました。

あれ本物のサッコさんですよね。中島マリさんのモノマネでドッキリ!!ってことはないですよねぇ、ヤマトさん。

さて、年末に向けて明日からも仕事頑張ろう!!

=== 完 ===

単なる日記:今日から9月

さて、今日から9月です。そして今日9月1日は「防災の日」でした。「防災の日」は関東大震災の教訓を忘れないようにと1960年に制定されました。美咲が生まれるちょうど5ヶ月前です。(だからどうということもありませんが・・・)
地震といえばサッコさん、地震が起きないお祈りをしておいてもらえましたか?

昨日の雨ですっかり気温も下がりほんの少しだけ秋が近づいている気配を感じられるようになりました。季節の変わり目、皆さん健康には気を付けましょう。

それでは、9月もまたサッコさんを応援していきましょう。(903青山 行けないけど・・・クスン)

 === 完 ===

単なる日記:8月も終り

今日で8月が終りました。なんといっても今月の最大のイベントは、富山へのサッコ追っかけ旅行でした。505横浜港南台に続く、2回目の生サッコ、生歌でした。富山県へ足を踏み入れたのも初めてならば、新幹線以外の特急列車(ブルートレインっていうの?)に乗ったのは20数年ぶりでしたし、健康センターという施設でゆっくりしたのは、まして宿泊したのは初めてでした。
 特急列車: 北陸本線 サンダーバード   (白鳥を利用して北海道への往復をしたことがありますが・・・)
 健康センター: 北陸健康センター「アラピア」   (奈良で短時間の休憩はしたことがありますが・・・)

テレビでは、「徳光&コロッケの名曲の時間です」の放送がありました。広島では「夏祭りにっぽんの歌」の録画放送もありました。
「名曲の時間です」では、サプライズゲストということで充分に存在感があったと思います。
ひまわり娘』(=サッコさん)が歌う「木枯らしの二人」と「乙女のワルツ」の2曲が聴けた、いや、全国の皆さんに聴いてもらえたことが嬉しいですね。私も、細川たかしさんの後ろで交わされていたサッコさんと宏美さんの会話が気になっていました。

そして、忘れてはいけないのは、この「美咲日記」がオープンしたことです。Tokio さんのお勧めと、これは秘密ですが(笑)かなみさんの後押しのおかげです。ありがとうございました。しばらくイベントへの参加はできず我慢が続きますが、その分「美咲日記」に力を入れていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。
今のところ、書いたのは
 ●サッコさんに関連して美咲が思うことネタ(今のところアーカイブスだけですが)
 ●イベントレポート(まだ、富山の1回だけですが、イベント参加が少ないので止むを得ず)
 ●美咲のレコード・歌謡曲・歌手遍歴紹介シリーズ(今週末「その2」を掲載予定です)
 ●美咲がたくさん読んだ本の作家紹介シリーズ(来週「その2」を掲載予定です)
 ●単なる日記(ちょぼちょぼ)
 ●スポーツ日記(まだ1回だけですが、あまり書きたい状況にならないので)
くらいですが、何かこんなことを取り上げて欲しいというネタがあれば提案ください。
 ●広島、東広島レポート もできれば良いと思っていますが、まだ具体的な構想がありません。

それでは、9月もまたサッコさんを応援していきましょう。(903青山 行けないけど・・・クスン)

 === 完 ===

単なる日記:夏休み終り?

今朝起きて居間へ行ったら、なんと子供たちが制服を着て学校へ行く準備をしているではないですか。
 私 「え、今日から学校?」
 嫁 「そうよ。秋休みがあるから」
という訳で、夏休みは昨日で終り、今日から小学校が始まるのでした。気が付かなかった!!
でも、2学期が始まるわけではありません。なぜなら、東広島市は昨年から二学期制に切り替えたのです。
大学と同じように前期と後期に別れ、その間に秋休みがあります。その分夏休みが短いのです。
二学期制になったと同時に、どういう訳だか、運動会が秋から5月下旬に移りました。変ですよね。
一年生なんて幼稚園から小学校に入って1月位したらいきなり運動会の演目の練習が始まるのですから大変です。
本当に二学期制にメリットがあるのかどうかは疑問です。先生にとっては成績表を付ける等の期末/期首の作業が2/3になるから楽なのでしょうけど。
それから、ついでに書きますが、東広島市の小学校は1校を除いて制服を採用しています。以前住んでいた奈良市では私服でした。
親の立場から言わせてもらえば私服の方がダンゼン楽です。同じ制服を着続けて汚れたままになるのも嫌ですし、クリーニング代は高いし。ブラウスも結構高いし。私服ならば安い服を何着か用意しておけば良いわけで。。。

以上、小学校の話題でした。

単なる日記:水汲み

とりあえず、オープンから一週間だけは「日記」として毎日書こうと思い書いています。という訳で今日のは本当にただの日記です。

今朝は、近くの山へ水汲みに行ってきました。別に実家の断水を助けるためではありません。
場所は、

東広島市より半径40㎞以内の名水散策HP http://hiroshima.cool.ne.jp/yan-w/
で、東広島市の最初に紹介されている「小倉寺水」というところです。
 http://hiroshima.cool.ne.jp/yan-w/meisui/higashihiroshima.htm#_Toc54283708

ここは、うちから車で10分程度の距離にあります。10分といっても最後は山道だから速度を落として走るためやや時間がかかるだけです。水汲みに行って車ごと谷底に落ちては大変ですから。
地元では有名なところで、朝夕は地元の人が水を汲みにやってきます。パイプ2本で湧き水を引いているので、同時に水を汲めるのは2人に限られます。その割には長い待ち行列ができたところを見たことはないので限られた人しか行かないのかも知れませんが。
ほとんどの人はポリタンクや大型のペットボトルを「これでもか!」というくらい持ってきて車に満載して帰ります。おそらく飲み水以外に炊飯や料理に使うのでしょうが、いったい一回に何日分汲んでいるのか聞いてみたくなります。間違っても風呂には使っていないでしょう。(当たり前だ!)
うちの場合は飲み水にしか使わないので、一回に6リットル(大型ペットボトル2本)だけ汲みます。おいしい水を安く手に入れたいというよりも、子供をつれて山水を汲みに行くイベントのようなものです。実際、近所の生協では4リットル100円でアルカリイオン水を売っているので、最近高騰しているガソリン代まで考えればそれを買った方が安いはずです。

サッコさんは、そして皆さんは、何か水にはこだわりをお持ちでしょうか?

思い出:高校の英語の授業

高校1年生の英語(リーダー)の授業では、毎回授業の最初に順番で一人ずつ3分~5分程度英語で何かしゃべるということをやらされました。この手を使う先生が多いのではないでしょうか?多くの人は自分の趣味などの自己紹介的なものが多かったと思いますが、中には童話を話した女子もいました。

私は前後の詳しいことは忘れましたが、「好きな歌手は、Sakiko Itoh and Hiromi Iwasaki」てなことをしゃべりました。そうするとなぜか皆、うしろの方だけ聞こえたみたいで、私はヒロリンのファンだということになってしまいました。まあ、あえて反論はしませんでした。岩崎宏美さんはオマケだったんだけどな・・・ 世の中こうしたものですよね。

他人がなんと言おうと、僕は、「伊藤咲子」だ!!と心の叫び。

富山サッコイベント連荘の旅レポート(長編)(2006年8月13日~15日)その1

まえがき

このレポートは帰宅した8月15日の夜に書いたものです。

この富山シリーズのレポートは長くなりそうです。尻すぼみになるかもしれませんが、最後まで、いや最後は必ず読んで欲しいです。文章表現や話の筋におかしなところがあるかもしれませんがご了承ください。

「まるよし講読」と「KAZUKOの部屋」とあわせて見てもらいたいです。

この富山の旅は、2006年8月13日(日)~15日(火)までの行程である。

 

8月13日(日) 富山その1 「下条川まつり」in富山県射水(いみず)

さあ今日は富山2泊3日旅行の初日である。もちろんサッコさんのイベント2連荘に「参加」するためである。
8時20分頃起床、アラームをかけ忘れていたことに気づき一瞬焦る。急いで朝食を摂り、彩図の掲示板にささっと書き込み、9時過ぎに自宅を出発。八本松駅からJRに乗り、広島駅で乗り換え。ここで500mlのコーヒー飲料のペットボトルを購入。京都までの「のぞみ」、金沢までの「サンダーバード」ではこの飲料をちびちび飲む以外は爆睡状態であった。考えてみれば前々日、前日と富山旅行を前に興奮してあまり寝ていない。金沢からはまるよしさんご推薦の通り普通列車に乗り換え座席に座る。さすがにもう眠くない。この普通列車は高岡までは無駄な停車時間もなくすいすい順調に進んだが高岡駅で(多分)初めての特急待ちでしばらく停車した。ここで先の飲料を飲み干した。さて高岡駅を出た列車は数分で目的の小杉駅に到着。(15:27)

小杉駅の壁のマップで目的地である下条川に架かる戸破鷹寺橋を探すが、その橋が見つからない。まあ下条川と戸破という地名が見つかったのでこれで大丈夫と思いその方向へ歩き始める。(このときはまだ「下条川」を「しもじょうがわ」だと思っていた) ちょっと歩いたところで下条川らしきものに差し掛かり、左を見ると隣の橋に「下条川まつり」というでっかい看板がかかっている。これでもう間違いない、いくら方向音痴の私でも間違いようがない。

会場に着いたのが15:40頃。数店の露店が出ている。ここまで朝食と例の飲料しか口にしていない私はやきそばとサイダーを買って食べた。やきそばはどの店でも500円である。これは申し合わせているのであろうが、そんなことはどうでもよい。この時間はまだ暑かったのでテントの下のテーブル席に座ってやきそばを食べていると、音合わせが始まった。

そうこうしているうちに、「きみ可愛いね」がかかる。若い男性がステージにあがってマイクテストを始めた。お、これは私が記憶しているWマネージャーとは違っているような気がするが、あまり記憶に自信がない。「ひまわり娘」と2曲で音合わせを終了し、私が座っている隣のテーブルで汗を拭き拭きタバコを吸っていた彼は誰かからの電話で呼ばれて控え室があるだろう思われる建物の方へかけていった。彼が今回お世話になるマネージャーさんである。(彼についてはKAZUKOさんが詳しい。妻吹俊哉?)

それらが終ると、少しの時間をおいて、ステージを使ってのイベントが始まる。ここで初めてMCの女性の言葉によって、「下条川」が「げじょうがわ」であることを知った。1つ目のイベントは、大人と子供が入り混じっての(といっても子供が中心であるが)じゃんけん大会。相手を見つけてじゃんけんをし、勝った方が残っていくあれである。8位までは商品があり優勝者には現金1万円である。小学生が獲得した。2つ目のイベントはナット回し大会。大人の部と子供の部で各25名。5位までは商品ありで優勝者には商品券1万円である。詳細は省くが、結構盛り上がった。ステージ以外でもイベントはあったらしい。ひらめのつかみ取り大会というのもあったらしく、ビニール袋に水と大きなひらめをいれて歩いている人が数人いた。
その他には、ドラムスを背負い、エレキギターを持って、演奏しながら長淵の歌などを歌う大道芸人の芸があった、私はこれを3回聴く(ほとんど見てはいない)羽目になった。

前置きがとっても長くなったが、18:10頃(だったでしょうか?)まるよしさんが到着。少し遅れてKAZUKOさんが合流。これでこの日のひまわり隊全員集合である。まるよしさんが露店で買ったやきとりのもも(Momoさんではない)を2本ごちそうになってからブルーシートが引いてある場所へ移動した。ステージは大型トラックを拡張したもの、向かって左手にでっかいひまわりが飾ってある。(このひまわりにはサッコさんがMCでも触れたが、まるよしさんと私にとっては後で重要なものとなる) ブルーシートが引いてあるのは、下条川にかかる大きな橋(たぶんこれが戸破鷹寺橋なのであろう、未だに読み方がわからない。ちなみに「げじょうがわ」はちゃんと漢字変換されるので、お試しあれ)である。皆、靴を脱いで自分の座る足元あたりへ持っていく。もちろん自由席の早い者勝ちである。一人ひとりの陣地は結構広くゆったり座れた。まだ前置きが続いてしまった。

19:30からは、この祭りのメインの(はずである)お招来・灯篭流し・篝火が始まる。(ここは短く)

そして、予定より10分早く19:40頃から二人目「加川明」さんのステージが始まった。デビュー時は「川崎公明」という名前だったらしいが私は彼をまったく知らなかった。(KAZUKOさんはよくご存知だったようで) なかなかしゃべりはお上手でステージは楽しかった。(ここも短く)

加川さんのステージが終了するタイミングで、手には家庭用としてはやや大きめのVTRを持ち撮影の準備を始める。(もちろん家庭内で楽しむための録画である) ちなみに遠距離の電車移動なので三脚はない。

さて、20:12(細かい!)、その加川さんの紹介でサッコさんのステージが始まる。(やっと) 加川さんとサッコさんが同級生で、同じスタ誕の出身であることを紹介する。

1曲目は「きみ可愛いね」。加川さんが曲名まで紹介してくれ、ステージ向かって右側のテントからサッコさんがステージに登場。オープニングとしてはぴったりの曲である。美咲のサッココールデビューのつもりだが、自分の声が自分の口の中にしか響かない。まあ最初はこんなもんか・・・

衣装は、銀ラメに白い(ロング)パンツ。

2曲目は「ひまわり娘」。みんな、なつかしいよね。知ってるよね。と思いながらビデオを持つ手を緩めない。

その後は女性の司会者が登場して富山の話題を進める。

「富山といえば」という質問には「鱒ずし」と即答。サッコさんらしい。

次は祭りの話題、加川さんもサッコさんも東京生まれの東京育ちということで、地元の祭りは・・・という話になり、サッコさんが「東京音頭が流れて盆踊り」というと、司会の女性が「月が~、それとはまた違いますか?」と言い放った。それは「炭坑節」だろうと心の中で突っ込んでしまった美咲であった。とぼけた女性である。サッコさんが「ちょいと東京お~んど、ちょいちょい」と歌ってフォローした。

そして屋台で食べるやきそばとかやきとりとかたこやきの話。司会の女性は「匂いだけでご飯食べられそうなねえ」というと、サッコさんはすかさず「いや、ビールでしょやっぱり」と反撃した。結構イケますって話で。

そしてここでCD即売の説明。続いて、新しい曲を出すのなら今の歌唱でカバーしたいという「冬の星」へつながる話を進めていたはずであったが、なぜかこのとぼけた女性は「これは加川さんとのデュエットしていただけるんですか?」ときた。違うだろって。

さて、3曲目は「冬の星」。音響がやや落ち着かないようである。前奏でサッコさんが音を下げて欲しいとサインを送っている。おかげで出だしが歌いにくそうだった。

ここでふたたび加川さんが登場。かけあい漫才(いや、トーク)が始まる。堀越学園の同級生。高校出て何年かね?とか、33年生まれのアイドル達の話。会場から「城みちる」と声がかかったが残念ながら「みちる」さんは1年上で残念。スタ誕時代の話、スタ誕ファミリーの話をする。サッコさんの衣装がキトキトの魚のようだと加川さんが言う。(キトキトの魚とは新鮮な魚という意味の富山方言である。私は女優室井滋さんの本で知っていた) 加川さんが振ってくれて、翌日のアラピアのイベントの宣伝も行う。新聞にも載っていたらしい。

続いて、4曲目は二人で「都会の天使たち」をデュエット。リハーサルなしのぶっつけと言うわりにはさすがプロである。ステージ上での動き、ハーモニーなど素晴らしい。サッコさんが歌詞を間違えたことを自白したが、言わなければ気がつかなかったかも、と思った。そういえば、2コーラス目の途中、加川さんのパートの時、サッコさんが左の手のひらを見ていたような気がした。これは私の思い過ごしかも知れないが、手のひらに歌詞を書いていたのであろうか?(失礼かなあ?) ここでの二人の動きは「まるよし講読」にお任せ。

5曲目は、お決まりの東芝EMIビルの柱4本の話と、当時の着たきりの衣装の話で紹介する「木枯らしの二人」。

6曲目は、お酒とトレーニングなどの話に続いて、ぶりぶり当時の歌で、振りも顔も体が覚えている、という紹介で「青い麦」。この辺まで来ると手拍子も増えてきたか。

ここで全国ライブをやっていきたいという話。903青山の紹介など。また声をかけてください。明日もよろしく。明日の衣装はパンツルックではないと強調した。

そして最後は、当然「乙女のワルツ」で締める。1コーラス目でハウリングを起こしたのがとても気になった。しかし、それにもめげずサッコさんはいつものように歌いこなす。

8:59ステージ終了。司会の女性2人(先程のとぼけた女性ともう一人)が登場し、彼女達も感動した様子。

それにしても、三脚なしで約50分間VTRを持ち続けたのは堪えた。右手がつりそうだった。(あくまでも家庭内で楽しむための撮影である)。帰宅してから既に3回以上見た。

21:00 花火ファンタジーの開始とともに、CD即売会も開始。サザンの曲をバックにひとしきり花火の打ち上げが行われた。近くで見る花火はやはり感動するものである。さて、花火が終ると、私はCDを買うかどうか迷う。迷っているうちに片付けられたので、まあ明日でもいいか、ときっぱり諦めた。そして、撮影会である。KAZUKOさんの計らいで、前述の舞台左手のひまわりの前で、まるよしさんとともにサッコさんとの3ショット写真を撮ってもらった。

そしてサッコさんは、主催者が用意した車で手を振りながら去っていった。まるよしさんとKAZUKOさんと「今日はどこに泊まるんだろうね」と話したりした。(これはネタ振りである)

さて、サッコさんが去った後はもうここには用はない。3人で歩いて小杉駅へ向かった。駅で富山へ向かうまるよしさんとは別れた。そして高岡駅でKAZUKOさんと別れて私は一人宿泊場所であり、明日のイベント会場である北陸健康センター「アラピア」へタクシーで向かった。タクシーの運転手さんに、(美咲)『明日「アラピア」で伊藤咲子のショーがあるんです。今日は下条川まつりで歌ったんです。追っかけてるんです』と言ったら、(運転手)『取材ですか?』と聞かれたので、(美)『いえ、単なる追っかけです』。(運)『どこから来られたんですか?』。(美)『広島です』。といった会話があった。

「アラピア」に着いたのは22:00をちょっと過ぎたころ。(タクシーは途中から深夜割増料金) 着いてから気づいたが、周りにも館内にも食べるところも食べるものもない。結局まるよしさんにいただいたやきとり2本が今夜の夕食となった。ただし、さすが健康センターという名前の場所だけあって、風呂はゆったりできた。そして、用意された裏技で予約した部屋、宴会場の個室で就寝した。確かに確実に宴会場の個室であった。

この夜は、当日の残った興奮と翌日の2ステージを前にした興奮とであまり眠れなかった。 そして、実はサッコさんはこの日この「アラピア」のホテルに宿泊していた。それを知らなくて良かった。知っていたら、一晩中、サッコさんの部屋の前でストーカーになっていたかもしれない。

おやすみなさい。

女の歌

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ディスコグラフィー(アルバム)

  • <small>木枯しの二人 伊藤咲子  歌謡デラックス</small>
    アルバムのディスコグラフィー。すべてサッコ本人のコメント付きです。

<big><b>ディスコグラフィー(シングル)</b></big>

  • <small>(番外)セブンイレブンファミリーソング「友達になろう」(非売品)</small>
    シングルのディスコグラフィー。すべてサッコ本人のコメント付きです。

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