マイベストソング② <恋人>Ⅲ 色違いのラガーシャツ
5月下旬の放課後。愛子はいつものように部室に入り、いすに座りキャンパスを広げた。きのうからミロのヴィーナスの石膏像を描いていた。デッサンの全体像を描こうと、きのうやりかけていた肩の部分から鉛筆クレパスを走らせた。
描き始めてから数十分がたち、ふと手を休めいつものように窓からグラウンドを見つめた。「さあ、今日は天気もいいから少し窓を開けてみようか」と思い、立ってサッシの窓を軽く半開きした。いつものようになにげなくラグビー部の練習を見ていたらあのラガーシャツとは違う色を着た選手が走っていた。黄色い無地のラガーシャツと緑のシャツ、それに黒い無地のシャツを着た選手だった。‘ピー’ホイッスルを鳴らす黒い無地のシャツの男性はどうも審判らしかった。
「これから紅白戦が始まるのね」軽い気持ちで見始めた。その違う色を着たシャツの男性達がボールの動きに合わせ素早い動きで選手達の間をすり抜けていた。色が違うだけによけいに彼等たちの動きが目についた。なかでも黄色いシャツの男性は何度もタックルを決めて明らかに他の選手達とは違う動きを見せていた。
愛子はその動きを見て、‘早いわ’と思った。素人の目で見てもわかるほどの俊敏なボールさばきだった。
後ろから「さっきから何みてんのよ」と声を掛けられ振り向くと部員で友人のみどりがいた。「う、ううん別に・・」と言い、自分の席へ戻り鉛筆クレパスを再び持った。
それから2時間後、部員たちはそれぞれ立ち上がり帰り支度をしていた。愛子も立ってまた窓を見つめたがもうラグビー部員たちの姿はなかった。そういえば、もう声もしなかったなと思いながら、愛子はみどりと一緒に部室を出た。
つづく
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