« 2011年7月 | メイン | 2011年10月 »

2011年9月

2011年9月30日 (金)

vol.143 BETWEEN THE THUNDER AND THE SUN

Sakko_82私はかなりコアなサッコファンだと自負bleahしていますが、それでも、サッコについて知らないこと、知らなかったこと、山のようにあります。サッコのこの彩図(サイト)ができて、サッコのお話から、初めて知ったことも多々あります。たとえば、晴れ女だと信じて疑わなかったサッコが雨女だったとか。そしてそして何よりも、えーーーっ、知らなかったぁweepと、歌手伊藤咲子のファンとして何よりも残念に思ったことは、1982年にソウルで開かれた世界音楽祭にサッコが出場したということをまったく知らなかったことです。デビュー以来、サッコは休んだけど、1日たりとサッコファンを休まずに続けてきた私にとっては、不覚中の不覚。タイムマシーンがあるなら、1982年に戻りたいくらいな想いconfident

003_2002001_22003年、このサッコ彩図でサッコちゃんがアルバムの想い出を綴られていましたが、「おるごおる」のエピソードの中に、 そして「ペガサス」
実はこの曲で“ソウルソングフェスティバル”に日本代表として、他12カ国のアーティストと共に韓国へのり込んだんですよ(笑)ところが当時韓国では、日本の歌はNG!
ですから私だけ英語に訳して歌わなくちゃいけないって。。。エーッ?うそでしょ!どうしよう(__)私の焦りよう、想像付くでしょ。サ~あんなインチキ英語じゃどうしようもないと言う事になって、田辺エージェンシーの偉い方から「鹿内孝」さんを紹介して頂いたんです。鹿内さんはアメリカ生活が長く、由紀さおりさんなどにも教えていらっしゃるとか…噂ではとても厳しい方との事、ドキドキしながら門を叩きました。確かに厳しかったけれど、凄く分かりやすく教えてくださって、今でもあの時に習っていて良かったと、つくづく思っています。鹿内さんのOKも何とか頂いて、いざ韓国へ。もちろん惨敗m(__)でも賞を取る事が全てじゃない、貴重な経験をさせて頂いたと、今では思っています。

004005と書かているのを拝見して、えーーーっ、すごい! 初めて知ったぁ。あーー、けど、けど、知らなかったことがすごく残念!!と思いました。同年に出た非売品のDAM盤の「リトルプリンス」を聴くと、なるほど、英語のレッスンを受けられた時の発音だな、というのはわかりましたが、ソウル音楽祭については情報がないので、想像することもできませんでした。

そして、皆さんもご存知の通り、サッコボックスのブックレットのロングインタビューでも、

006新しい作家で心機一転の『おるごおる』 (前略)この中では特に「夢ごこち」と「ペガサス」が大好きですね。「ペガサス」は歌詞も最高!当時二十歳とは思えない内容ですよね。『ソウル歌謡祭』に出場するために、この歌を英語に直して歌ったんですよ。鹿内孝さんのレッスンを受けて、本当によくやったと思います。英語バージョンは、後にも先にも1回きりで、時々、無性に聞きたくなるんですが、どこかに放送テープが残っていないかな~。スケールが大きな曲なので、きっと英語もハマりますよね。

と書かれていましたよね。サッコちゃんだけでなく、私も、きっと幸ちゃんも、ドイツ語さんもまあちゃんも、ファミリーのみんなたちも是非聴きたいと思っていますよね。はっちゃんなんか、前に英訳歌詞まで考えてくれましたものね。

Songs頭の片隅にいつもあるソウル音楽祭・・・。数日前、数年ぶりに、何気にヤフーオークションで「伊藤咲子」の検索をかけてみたんです。そしたら、えっ?えぇ?うそぉ~!!!何度も頬をつねりました。今もつねっているくらいですが、「伊藤咲子●韓国盤2枚組LP●韓国だけの発売」ってタイトルが飛び込んできて、しかも残り時間9時間で入札なし。これって神様が神様が、私が唯一真面目にやってきたのが伊藤咲子のファンだから?なのでしょうか? 神様がくださったチャンスなのでしょうか?そして、本日無事手元に届きました。これぞ幻の英語バージョンの「ペガサス」 英語バージョンのタイトルは「BETWEEN THE THUNDER AND THE SUN」 これってまさに、note天まで昇る~昇る~気持ちになるわ~ という気持ちいっぱいです。

008 007サッコボックスが出て、レコードプレーヤー要らずかと思いきや、数年前に買ったけど新しいミニコンポにレコードプレーヤーをどうやってつなごう? コジマ電器で変換プラグを、ヨドバシカメラでレコードクリーナーを購入して、LP「おるごおる」で予行練習したり、等々、今夜を迎えました。こんなこともあるかと思いUSBフラッシュメモリーでの録音機能がついたコンポを購入していたのが役に立ち、さっそく、サッコちゃんのために録音してみました。このメモリーは本日夕方エクスパック350で投函しましたので、明日には事務所に届くはずです。PCで簡単に開いて聴くことができますので、どうぞお楽しみください。

ファミリーのみんなたちには今宵はさわり(歌の一番の盛り上がり)だけ。 明日の深夜、久しぶりのご法度ナイトやっちゃう予定です。お見逃しなく!!!もう興奮しちゃって、いつも以上に支離滅裂でごめんなさい!

 

2011年9月29日 (木)

vol.142 夢コンサート IN CHIBA CITY

Dsc05712行ってまいりました。千葉県文化会館で行われた「昼の部そして夜の部。年齢層的に、昼の部は本当に三階席までびっしり。帰りの時間が気になる夜の部は、若干の空席があるものの、かなりの集客数だったと思います。

13年前に左脳内出血で倒れたことのある母に、からだ気をつけてね、サッコちゃんの追っかけができなくなるから(笑)、ほんと、無理しないでね・・・と、日頃もよく口にしていたのですが、一昨年のパシフィックでのディナーショーまでは元気だった母が、突然、大きな左脳出血で倒れてしまい、一命は取り留めたものの、右半身不随、そして失語症というダメージが残ってしまいました。

240日間の入院生活(180日はリハビリ)を経て、自宅に戻ってから今月の25日にやっと1年を迎えることができました。普段は週2回のデイ・ケア(リハビリ)と週1のデイサービスを利用しているので、社会とのつながりは持っていますが、やはりなかなか一般社会とのつながりを持つのは難しいですね。

それでも、美容室だけはオーナーが母や車椅子を使われる方のために入り口をバリアフリーにしたり多目的トイレを作ってくださったこともあり、通っています。お正月には、舞浜のバリアフリーのスパホテルに泊まりに行ったりと近場では活動を始めているところです。

そんな中、サッコちゃんが千葉市にやってくる!ということで、母を誘ってみました。最初は無理みたいなことを言っていましたが、いよいよチケットを申し込む段階で、行くという意思表示をしたので、今回のチャレンジとなったわけです。

晩御飯の支度を済ませて、13時10分前に母とタクシーに乗って千葉県文化会館へ向かいました。Dsc05715Dsc05714  開場したところだったので、東側玄関口からホールへはすみませーん、すみませーんと人混みをかき分けて進んでいくのが大変でした。しかし、ホール入場口は別のところから入れていただき、リフトを使いながら、席へむかったので、こちらは比較的スムーズにいきました。千葉文化会館には車椅子席という車椅子に座ったまま観覧できるスペースが3席分あります。チケットを申し込んだときは既に2席と主に付添いの方が座る席は売れていて、残りの1席と通路挟んだ隣り席をなんとかスタッフの方の計らいで購入することができました。開演20分前、サンドイッチを食べてから席に着きました。

3時間大丈夫かな、それだけが心配でしたが、サッココールを飛ばしてる私や、三善さんと千さんのトークに笑ったり、脇を通ったリンダさんに握手していただいたりと、しっかり楽しんでいましたよ。

Dsc05722mini帰りには、サッコちゃんにふれあいタイムまで作っていただき、ありがとうございました。サッコちゃんの「焦らないでね」という言葉が胸にしみました。今回の経験が母には自信になったようで、今度は映画を観に行こうねと約束をしています。

そして、母を家まで送り、ヘルパーさんにお願いして、私は夜の部へとUターン。夜の部は姉貴とジュンちゃんとドライバーさん(姉貴たちの飲み友)と一緒にMK砲飛ばして楽しみました。

歌のメニュー:きみ可愛いね&木枯しの二人 女の歌 ひまわり娘

女の歌最高でした♪♪♪

サッコちゃん、また千葉市に来てくださいね!

2011年9月14日 (水)

vol.141 JUNPIN’ SAKKO 2011

サッコボックスのDVDに収録されている「JUNPIN’ SAKKO76」は、サッコちゃんの18歳のバースデーパーティーで上映されたものです。Sakko_hatsukoiその映像の中に、サッコ初のリサイタル、中野サンプラザで初日を迎えた「初恋」のコンサート模様が収められていますが、私は、2回目となる千葉県文化会館での「初恋」コンサートを観に行きました。中一の冬、人生初の生サッコでした。「初恋」のコンサートについては、このブログの最初の頃に一度書きましたが、2階席からの、時効を迎えた盗撮写真が出てきたので掲載してみます。

その、私にとって記念すべき千葉県文化会館で、明日、サッコの歌う姿を観ることができると思うと、とってもとっても興奮してしまいます♪

サッコがサッコがやってくる~ 千葉県文化会館にやってくるぅ~♪

らーららららー らーららららー ららららー ららららー 嬉しい想い~♪

20110107_513995_2 Chibabunka2 ちなみに、千葉県文化会館は(千葉城なども含め)、メタポリズムへの参加をはじめ戦後の建築デザインに確固たる業績を遺したことで周知の建築家、大高正人氏の作品です♪

2011年9月 3日 (土)

vol.140 SAKKOMANIA8 * 感動のサッコボックス

8月30日。サッコブログのコメントにしーちゃんのサッコボックスが届いたという書き込みを見て羨ましいなぁと思っていたところ、アマゾンから発送しましたとのメールが来ました。やった!これで発売日当日には手に入れられると喜んだのも束の間、お届け予定日は9月2日となっているではありませんか。うそうそ~。そんなのいやいや~。翌朝、何度か配送会社の追跡番号を入力して、千葉市の配達店に到着するのを待ちました。001_4 02_3 03_2 そして、到着を確認するやいなや配送会社に電話をかけました。「再配達ですね。何時に配送されていますか。」「いいえ、まだ配達してもらっていないんですが、入荷の確認をしたので、何時ごろ持ってきていただけるか教えていただきたくて」「通常ですと14時か15時ごろになりますが」「えーーーーー、午前中は無理でしょうか」「無理ですねぇ」「えーーーーー、昼ごろは無理ですか」「無理ですねぇ」「えーーーーー、じゃあ、13時は無理ですか」「うーん、確認してみますね。どうしても無理な時はお電話差し上げますから。電話がな05_204_2ければ13時までにお届けいたしますので」「よろしくお願いいたします!!!」  そして、記念すべきサッコちゃんのコンプリートボックスは8月31日水曜日午前11時ちょうどにやってきたのでした。やったーやったーやったーまん!この喜びをどう表現しようか?!そうだ!写真に撮ろう!!!まあまあ、おばかちゃんのすることだと思って、大目に見てやってください。

06 007この画像は、アルバムの帯に注目しているんです。チラシでは外してあるでしょう。プロデュースされた方が帯にも拘わられ、心遣いか細やかで憎いですね。

とりあえず、午後からは仕事なので、まずはDVDを見ることにしました。crying(感動の涙)

001 この画像は翌日9月1日に届いたHMVで予約していたサッコボックスです。これは未開封永久保存用のボックスです。あーーーっ幸せ~heart01 はよっ中身確認せー(火暴

2011年9月 2日 (金)

vol.139 大人の遠足*INうつくしま福島

Dsc05554復興支援イベントでは、本当に楽しい時間を過ごすことができて、サッコちゃん渡辺マネージャーさまKame隊長、そしてサッコファミリィなひまわり隊のみんなに、多謝感謝しています。幸せなひとときをありがとうございました。

久しぶりの大人の遠足、サブタイトルは福島食い倒れツアーレポートです。

土曜日は横浜で仕事のため、7時にはうちを出なければなりません。母に「行ってくるね」と手を振ると、母も満面の笑顔で見送ってくれたので安心して出かけることができました。半袖が肌寒い朝、千葉駅7時23分発逗子行に乗り、ケータイに入っているサッコソングを聞きながら、朝食の万葉弁当に箸をつけます。さあ、大人の遠足の始まりDsc05549始まり。Dsc05548_2

13時すぎ。仕事を終えて、横浜から東京駅に向かう十分遅れの東海道線の中で、昼食をとりました。昼食はシューマイ弁当。二十分前には東京駅に着いて、14時8分発Maxやまびこ251号 [仙台行き]の車内清掃が終わるのをしばし待つ間、♪駅のホームの、キオスクでのどを買いました。(この時は、福島で、この飴をポシェットから取り出すのを見たサッコちゃんに、「やだぁ。バックに飴なんか入れて、おばさんみたい」と言われる羽目になるとは思わず…。)Dsc05694 Dsc05557 Dsc05555  サッコちゃんもステージMCで話されていたんですが、クリーンスタッフの皆さんの帽子にひまわりの花がついていたので、パチリ。掃除中の札もパチリ。まるよしさんのために、車両もパチリ。

今回は久しぶりの自分のためにでもある遠足なので贅沢してグリーン車を利用しました。広い!広い!ケータイアラームをセットしてのんびりとサッコソングを聴きながら爆睡。あっという間に郡山に到着しました。近いですね。ホームに降りて、タッキーいるかなとキョロっとすると、いました、タッキー!先発隊は一本早い新幹線だったので、後発組の相棒がいてほっとしました。Dsc05558_3 Dsc05552_2 Dsc05551_3 タクシーに乗って、ホテルバーデンにさくさく行くつもりが、運転手さんがホテルを知らない。タクシーにはナビもない。ちょっと遠回り(♪寄り道をしてもいいですか~)をしましたが、4時過ぎになんとか到着。既にロビーには先発ひまわり隊が集合していました。

私は順ちゃんと姉貴と同じ部屋で、順ちゃんが部屋まで案内してくれました。さっと荷物を置いて、4時半からの支援ミニコンサート会場へ向かいます。らぽーれみたいな感じです。ひまわり隊はステージに向かって右側にかたまって座りました。TokioさんやMomoちゃんに誘われて、生中を注文。Momoちゃんが買いに行ってくれてジョッキ2つ受け取ったところへ、Dsc05561 サッコ登場。あー見つかっちゃった!一夫さんに加寿姫さんともかんぱーい!サッコの一曲目は「ひまわり娘」歌の後はオークション。サッコの品物を買ってもらって、お金はひまわり基金に寄付するというもの。サッコが出品されたものは、バッグ、Tシャツ、Gジャン、上着。すべて100円スタート。地元の方に楽しんでもらうのが目的なので、参加は控えましたが、ファンクラブでもやっていただきたいです。(けっこうな募金額になると思いますよ) オークションの後は「ふるさと」「女の歌」サッコちゃん絶好調です。最後は客席リクエストに応えて「木枯しの二人」。MCでの柱の数は50本。喜ぶひまわり隊。

ライブの後はKame隊長の奥さん、エミちゃんと山形以来の再会を果たして、少しお話をしました。励ましの言葉をかけたかったのですが、うまく表現できず、もっともっとエミちゃんの話や気持ちを聞けばよかったなと自分の至らなさを後悔しました。

Dsc05571Dsc05573晩御飯は18時から。おさしみのいか(no3)がすごくおいしかったです。カラスさんにビールを注いでもらい、かなり飲みました。順ちゃんと姉貴は行動が素早く晩御飯の前に入浴をすませていましたが、ぽてみるさんと私とMomoちゃんは23時ごろ、温泉に入りました。Dsc05574 Dsc05572 お湯につかって、あーっ本当に極楽極楽と、日ごろの疲れも癒すことができました。すべすべのたまご肌になりましたよ。

翌朝6時、ぽてみるさんとMomoちゃんと朝風呂に入ろうと約束していたので、また温泉に入りました。(幸ちゃん、お湯はたっぷりあったからね。ご心配なく^^)そして、7時に朝食をとり、出発の9時まで、荷物整理をしたり、Dsc05588_2 Dsc05590_2 りんごスターさんからいただいた甘酸っぱくて味わいさわやかなりんごを丸かじりしたり、ゆったりと過ごしました。蝉やの野鳥の声も聞こえ、のどかないいところでした。

須賀川での夜7時からのコンサートまで、福島喰い倒れを楽しみました。食べたものは、クロワッサンラオホビールと粗挽きフランクフルト(no2)天ぷらまんじゅうビールと野菜天ぷらコンニャクざるそばイワナ(no1)ラムたこ焼き

うつくしま福島を満喫!!!

Dsc05601_3Dsc05628_2Dsc05630_2Dsc05611_3 

Dsc05629Dsc05645_2Dsc05646Dsc05647_2   

                                                             

                                           

                                           

                                                                                                                

19時。サッコちゃんの支援ミニライブが始まります。最後に花火を打ち上げるためやイスを置いたりブルーシートを敷けないとのことで、地べたに腰を下ろして観覧。同世代の女性に「サッコちゃんの歌を聴くのが楽しみで今日来たんですよ」と話かけられました。ならば、ぜひぜひ遠慮なく最前列の真ん中に座ってくださいと背中をおしました。あったかくてほっとする人柄の地元の方々にも触れられて、嬉しい気持ちをいただきました。Dsc05653_2会場も盛り上がりました。 Dsc05649_2Dsc05648_3   曲のメニューは、「ひまわり娘」「木枯しの二人」「きみ可愛いね」「乙女のワルツ多和田さんのハーモニカひまわり娘」withひまわり隊&よさこい会のみなさん「女の歌」「ふるさと」この夜のサッコちゃん、かなり気合が漲っていましたね。「乙女のワルツ」に至っては 「今サッコのすべて」という感じの進化した「乙女のワルツ」でした。柱の数も60本に増え、最高の夜でした。そして、打ちあがる花火の中、夏の終わりを惜しむように復興支援イベントは幕を閉じたのでした。Dsc05659_2 Dsc05602_2

そしてそして旅の終わりは「たそがれにをこめて」郡山へ向かう帰りのバスの中で、多和田さんのハーモニカに合わせて、ひまわり隊みんなで歌いました。多和田さん、ありがとう!

Dsc05600_3Dsc05607_4Dsc05633_3Dsc05641_2 

                                                                                                                                                                   

                           

                              

                     *  *  *  *  *  *  *  *

 私の父は長崎出身です。戦争中、父は東京で海軍飛行予備学生として訓練に励んでいたそうですが、1945年8月9日に父の6兄弟のうち長崎市にいた次男次女の二人が、通称ファットマン、プルトニウム239によって被爆しました。市外にいた祖母が市内に入り、放射能の中1週間必死で子供たちを探したそうです。即死は免れたものの、祖母と叔父が1年後に亡くなりました。当時の長崎は原爆が原因とはわからず、流行り病と言われながら、投下後、数か月から数年の間、亡くなっていく方も少なくなかったようです。被爆したおじの枕元にあった衣類が原因で、看病にあたっていた父の兄弟たちも二次被爆しました。その中の長女である叔母が、ちょうどテレビドラマ「赤い疑惑」で白血病が話題になっている時、二次被爆による白血病で亡くなりました。戦後、30年経ってからのことです。長崎市にいて、直接被爆した叔母は今年83歳になりましたが、元気で過ごしています。

 福島の原発は関東の人間の生活のためのものです。それを忘れてはなりません。正しい知識と情報を持って、これからも福島の復興のために、未来を背負うこどもたちのために、できることを見つけて、協力していきたいと思います。Dsc05671_2

                                   文責 千葉在住 KAZUKO

女の歌

website

Powered by Six Apart